【Fate/Apocrypha】黒のランサーこと『ヴラド3世』って史実ではどんなことしたの?

TVアニメ「Fate/Apocrypha」黒のライダーの次回予告 第5話より引用

https://www.youtube.com/watch?v=1V3oAnVBqHM

Fate/Apocryphaに登場する

黒のランサーことヴラド3世。

あまり聞いたことない名前ですけど、

この人の別名はたぶん

日本人ならほとんどの方が

知っているはず。

別名はドラキュラ。

そうあの吸血鬼伯爵の

モデルとなった人物なのです。

今回は史実における

ヴラド3世ってどんなことを

やって歴史に名を残したのかを

書いていきます。

ドラキュラ伯爵のモデル

ヴラド3世は

ワラキア(現在のルーマニアの南部)

の国王ヴラド2世の次男として

誕生します。

ヴラド3世の父であるヴラド2世は

ドラクルと呼ばれていて、

ヴラド3世はその息子であるから

ドラクレア(英語名ドラキュラ)と

呼ばれるようになったのです。

ただしドラキュラには吸血鬼と言う意味は

元々なくて、

後年ヴラド3世の悪いイメージと

吸血鬼伝説が重なって、

ドラキュラ=吸血鬼となったようですね。

苦難の連続

さてヴラド3世が生まれた頃の

ワラキアはオスマン帝国に押されて

存亡の危機に立たされていました。

そしてヴァルナの戦いで敗北した

ヴラド2世はオスマン帝国への

臣従を決意し、

その証拠として息子である

ヴラド3世を人質としてオスマン帝国に

差し出します。

ところがヴラド3世が

オスマン帝国の人質とされている間に

父であるヴラド2世と

その長男が暗殺され、

ワラキアは隣国ハンガリーの後援を受けた

ヴラド3世の又従兄弟に

奪われてしまうことに。

しかしオスマン帝国はこれを認めず、

人質になっていた

ヴラド3世の後ろ盾となって

ワラキアに侵攻し、

ヴラド3世をワラキア公にするのに成功しますが

又従兄弟の逆襲を受けて

ヴラド3世はワラキアを捨てて

隣国に逃亡します。

その逃亡中、

今度は又従兄弟と

その後ろ盾だったハンガリーが

反目したことを知り、

ヴラド3世はハンガリーの力を借りて

再びワラキアに侵入し、

又従兄弟を倒してワラキアを取り戻します。

串刺しにして戦意を喪失させる

ワラキアを再奪取したヴラド3世は

中央集権化を進める一方、

以前後ろ盾になってくれた

オスマン帝国との関係を切ることにしますが

これにオスマン帝国が大激怒し、

オスマン帝国のスルタンであるメフメト2世が

自ら兵を率いてワラキアに侵攻します。

当然オスマン帝国の大軍に

正面から対抗できないヴラド3世は

今で言うゲリラ戦や焦土戦を挑み、

オスマン帝国に

少なくない損害を与えます。

しかし戦況を変えることはできず、

ヴラド3世は居城を捨てて逃亡します。

その居城を接収しようと

城内に入るオスマン帝国軍。

そこで兵士たちが見たのは、

串刺しにされて

無残な最期を遂げた同胞たち。

ヴラド3世はこれまでに捕らえた

オスマン帝国軍の捕虜を

串刺しにして

それを城に放置したのです。

この光景を見たオスマン帝国軍は戦意を喪失し

ワラキアから撤退することに。

この一連のことから

ヴラド3世はドラキュラと共に

串刺し公と呼ばれることなるのです。

ここまでして

ワラキアを守ったヴラド3世でしたが、

さすがにこれはやり過ぎと

民衆から見放され、

オスマン帝国の後援を受けた弟に

ワラキア公の地位を奪われてしまい、

さらに逃亡先で

オスマン帝国に追われたにも関わらず、

オスマン帝国に協力したという塗れ衣を

着せられて幽閉されてしまいます。

改宗してでも地位に固執するが

幽閉されること2年。

自らカトリックの改宗したヴラド3世は

カトリック教の国々から支援を受けて

3度目のワラキア侵攻を行い、

3度目のワラキア公の地位に就きます。

しかし当然これはオスマン帝国の攻撃を招き、

1476年にとうとうヴラド3世は戦場に倒れ、

45年の生涯を閉じました。

3度故国に侵攻して

3度ワラキア公に就く、

諦めるということを

知らない人物だったみたいですね。

その一方、

敵に容赦せず、

その結果、

ドラキュラだの、

串刺し公だのという

異名が付けられることに

なってしまうのです。

こういう史実の話を知ると

アニメのヴラド3世も設定が

史実にかなり寄せているのが

わかると思います。

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